Japanese Society for Quality and Safety in Healthcare

理事長挨拶

理事長就任にあたり

一般社団法人医療の質・安全学会 理事長 長尾 能雅

本年7月に開催された理事会において,髙久史麿先生の後任として,医療の質・安全学会第2代理事長を拝命いたしました.この場をお借りし,会員の皆様に,謹んで御挨拶申し上げます.副理事長の嶋森好子先生,23名の新理事の皆様,75名の代議員の皆様,そして全国約3000名の会員の皆々様のお力添えを頂きながら,微力ではございますが,本学会の発展に力を尽くして参りたいと存じます.また,永井良三先生,上田裕一先生には,当理事会では初となる顧問職をお願いし,学会運営等についてご助言を頂くことになりました.合わせてご報告申し上げます.

2005年11月26日,東京都千代田区の経団連会館において,当学会の設立記念シンポジウムが開催されてから,早いもので14年が経とうとしています.日本における本格的な医療質安全学の萌芽に胸の高鳴りを覚え,門前の小僧として同シンポジウムに参加したことが昨日のことのように思い出されます.当時の抄録集を紐解きますと,髙久史麿初代理事長を筆頭に,発起人として,飯塚悦功先生,故・上原鳴夫先生,嶋森好子先生,武田裕先生,土屋文人先生,永井良三先生,故・三宅祥三先生のお名前があり,さらに,24名の賛同者のお名前が続きます.専門領域も,医学,看護学,薬学,法学,工学,心理学,情報学,政策科学,文学等々学際的で,患者安全という困難な課題に,学術の叡智と多様性を以て取り組もうとする気概に充ちた創立体制となっています.髙久先生はじめ,この偉大な先駆者の皆様の志とご尽力の下に今日があること,そして,その背景には,不幸な医療事故で命を落とした多くの患者とその家族,関与した医療者の計り知れない無念と痛みが存在することを,私たちは今後も決して忘れてはなりません.

医療事故ビッグバンと言われた1999年から20年,我が国における患者安全を巡る状況は,大きな変革を遂げました.この変革は,私が医学部を卒業した1994年当時には全く予想していなかったことであり,また,その後も,想像を遥かに超えたスピードで進んでいると感じます.この急激な転換期において本学会が果たした役割は大きく,学術集会等を起点に,多くの研究成果,技術改革,実践知等がもたらされました.その学術集会も今秋で第14回を数え(中島和江大会長・国立京都国際会館),約500の公募演題と,3000人余の参加者が見込まれる一大イベントに成長しました.また,学会をハブとし,全国にきら星の如く,傑出したリーダーやネットワークが生まれ,政策提言や人材養成,患者安全の普及啓発活動等が盛んに行われるようになりました.これらの成果は,患者の予後やQOLをアウトカムの主軸とした従来の医療に,質・安全・倫理といった,第三極的視座を提示するもので,医療史的にも極めて重要な意味を持つ,本学会が紡いだ貴重な財産と言えます.

しかし,これらは決して本学会の目指すゴールではありません.先述の設立記念シンポジウムで基調講演を行ったDidier Pittet(ジュネーブ大学教授・WHO World Alliance for Patient Safetyのリーダー)は,「患者安全は単なるオプションではない.安全な医療を受けることは,治療を託した患者一人ひとりの権利であり,安全な医療の提供は,医療システム側の義務である」と述べています.我が国において,患者安全が第三極的オプションではなく,医療の基軸核として位置づけられているかといえば程遠く,ようやくスタートラインに立ったに過ぎません.何よりも,日々私の手許に届けられる大量のインシデント・アクシデントレポートには日常の生々しいリスクが記されており,果たしてそれらは低減に向かっているのか否か,概認することさえ困難な現状があります.

また,急ピッチに進む変革の嵐の中,必然的に発生する医療現場の戸惑いや,反発も無視できません.悪いアウトカムを防ぐための効果的な手順や標準プロセスが考案されたとしても,そのプロセスを用いる医療者の理解と納得が得られなければ,結局遵守率の停滞と形骸化を招き,患者の安全には繋がりません.このことは決して日本だけの問題ではなく,多くの国で直面する課題のようです.今年度サウジアラビアで開催された第4回閣僚級世界患者安全サミットでは,「第二のトランスレーショナルギャップ」という言葉で,これらの課題が共有されました.「やるべき事がよくわからなかった」フェーズから,「やるべき事をしっかりやるには,どのような知恵があるか」というフェーズに移っているということでしょう.

私は昨年,第13回学術集会の大会長を務めましたが,テーマを「クリニカル・ガバナンスの確立を目指して~質安全学を基軸とする医療への移行~」とさせていただきました.大会長講演において,上記の課題を“患者安全における遅延型アレルギー”と名付け,次に掲げる三つの処方箋を提示いたしました1)

1.報告文化,柔軟な文化(事故治療・改善立案等),正義の文化(オープンディスクロージャー・事故調査等)に,透明性,第三者性,高い倫理性をもって,患者中心の観点で正面から取り組むことのできる,勇気ある医療人の育成

2.学習の文化を尊重し,アウトカムを達成するために,どのようなプロセス指標を設定するか,それを管理するための日常指標は何か,を考え出し,科学的に戦略を構築でき,そのプロセスを周囲に納得させ,実践させられる医療人の育成

3.医療全体を俯瞰し,シームレスな患者安全確保のための新しい知見に挑戦する,固定観念にとらわれない,柔軟なイノベーターの育成

これらの処方箋を,私の理事長としてのミッションに重ね,学会活動を推進して参りたいと思っております.特に,処方箋1にある「患者中心の観点」を施策選択の第一義とし,確かな倫理基盤の下,「その提案は,医療のリスクを低減し,患者の安全と信頼を確保できるのか」を重要な判断基準に位置づけたいと思います.また,講演でもお伝えした,「規律と起立」によるガバナンスの構築を,課題克服のキーワードにしたいと考えます.

早速,理事会の委員会体制を組織図(P.284参照)のようにブラッシュアップし,新理事会で提案,ご承認をいただきました.従来の委員会を6つの業務系主要委員会と,15の企画系委員会に整理し,各委員会相互の連携を強化して,効果的,かつ成果の出せる運営を目指します.また,医薬品,医療機器・器材,医療情報に関する委員会をそれぞれ設置し,医療現場の幅広いニーズに備えることとしました.さらに,従来の研修委員会を人材養成委員会と改名し,GRM養成,管理医師養成,若手人材養成という三つの委員会に分化しました.その他,学術活動,学会誌編纂,国際活動はもとより,AMEDや行政研究への協力,医療安全全国共同行動や医療機能評価機構,医療安全調査機構との連携,市民とのパートナーシップ,安全管理者間のネットワーク形成などにも引き続き取り組みます.また,広報活動,国民への情報発信等にも今まで以上に力を注ぎたいと思います.

どのような領域もそうですが,各論,技術論が発達しますと,創設のエネルギーとなった大切な志やマインドが置き去りにされ,いつしか見失ってしまうことを経験します.本学会がそのような状況に陥ることのないよう,2代目の理事長として注意を払いたいと思います.そして,令和の時代にふさわしい,社会と患者,会員の皆様の期待とニーズに柔軟に応えられる“清新な学会”を目指し,努力して参ります.運営にあたり,多くの皆様のご賛同と,ご助力をいただけますと幸いです.何卒よろしくお願いいたします.

 

1)長尾能雅.患者安全の未来予想~「遅延型アレルギー」への処方箋~ 医療の質・安全学会誌.Vol.14 No.1(2019)39-57.

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